聖書朗読

神に従う人の魂は神の手で守られ、もはやいかなる責め苦も受けることはないようです。
愚か者たちの目には彼らは死んだ者と映り、この世からの旅立ちは災い、自分たちからの離別は破滅に見えたのです。ところが彼らは平和のうちにいるのです。
人間の目には懲らしめを受けたように見えても、不滅への大いなる希望が彼らにはあるわずかな試練を受けた後、豊かな恵みを得るのです。
神が彼らを試し、御自分にふさわしい者と判断されたからであるのです。
るつぼの中の金のように神は彼らをえり分け、焼き尽くすいけにえの献げ物として受け入れられたのです。
主に依り頼む人は真理を悟り、信じる人は主の愛のうちに主と共に生きるのです。
主に清められた人々には恵みと憐れみがあり、主に選ばれた人は主の訪れを受けるからなのです。
もし神が神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できるでしょうか。
わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがあるでしょうか。
だれが神に選ばれた者たちを訴えるるようにしましょう。
人を義としてくださるのは神なのです。
だれがわたしたちを罪に定めることができるでしょう。
死んだ方、否、むしろ、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。
だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。
わたしの愛する人たち、いつも従順であったように、わたしが共にいるときだけでなく、いない今はなおさら従順でいて、恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めましょう。
あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからなのです。
何事も、不平や理屈を言わずに行いなさい。
そうすれば、とがめられるところのない清い者となり、よこしまな曲がった時代の中で、非のうちどころのない神の子として、世にあって星のように輝き、命の言葉をしっかり保つでしょう。
こうしてわたしは、自分が走ったことが無駄でなく、労苦したことも無駄ではなかったと、キリストの日に誇ることができるでしょう。
チャペルNETは、管理人が情報や知識について調べました
ピックアップ!:チャペル入場2
オルガンの演奏が始まり、まずは牧師が入場します。つづいて新郎の入場です。 日本では多くの場合、新郎に・・・
